
ロボットが家庭に入る未来は、家の中から始まるとは限りません。
まず街へ出て、人や自転車の動きを見ながら進み、必要なときには止まり、道を譲り、自分が次にどう動くのかを周囲へ伝える。そこで身につけた「人と一緒に行動する作法」が、やがて家庭や介護の現場へつながっていく可能性があります。
Hondaが楽天グループと共同で取り組んだ自動配送ロボットの走行実証実験は、荷物を運ぶ速さだけを競うものではありません。
人とロボットが同じ場所で安全に暮らすには何が必要なのか。その答えを、実際の街に近い環境で探る取り組みです。
なお、この記事で扱うのは、Hondaが2021年に開始した走行実証実験と、同年公開された公式動画です。現在の市販状況や配送サービスの開始を示すものではありません。
この動画で見てほしいのは、ロボットの速さではありません。
人や自転車が行き交う場所で、周囲を確認しながら進もうとする姿です。自動配送ロボットを社会へ迎え入れるには、目的地まで走れるだけでなく、人がその動きを理解し、安心できることが欠かせません。
Hondaの自動配送ロボットは何を目指したのか
Hondaは長年にわたり、人とロボットが安全に共存する社会を目指してロボット研究を続けてきました。
今回の走行実証実験では、楽天グループと共同で、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の技術開発事業に参加しています。
背景にあるのは、通販などで購入した商品を最終目的地まで届ける「ラストワンマイル」の課題です。
非対面・非接触で荷物を届けたいという需要がある一方、少子高齢化による配達員不足も進んでいます。自動配送ロボットが実用化されれば、人が担ってきた配送の一部を支えられる可能性があります。
ただし、荷物を積んで目的地まで進めれば完成、というほど単純ではありません。
ロボットが走るのは、人間の都合だけでは動いてくれない現実の街だからです。
歩道は車道よりも予測が難しい
自動車が走る車道には、車線、信号、進行方向などの交通ルールがあります。
一方、歩道では人が急に立ち止まり、進路を変え、横へ広がって歩くことがあります。子どもが飛び出したり、自転車が近づいたりすることもあります。
前から来た人が右へよけるのか、左へよけるのか。自転車はロボットの横を通過するのか、それともロボットに気づいていないのか。
人間同士なら表情や体の向きから自然に読み取っていることも、ロボットにとっては難しい判断です。
Hondaの実証実験では、人との接近や接触について、起こり得るパターン、発生する頻度、危害の大きさを事前に想定しています。そのうえで、どの範囲をセンシングする必要があるのか仮説を立て、実際の走行結果から検証と更新を重ねました。
ロボットが周囲を捉える仕組みについては、次の記事でも詳しく解説しています。
ロボットの目は何を見ている?LiDAR・カメラ・センサーの違い
安全だからといって、止まり続けては役に立たない
危険を避けるだけなら、ロボットは人や自転車が近づくたびに停止すればよいように思えます。
しかし、それでは配送時間が延び、移動する機械として役に立たなくなってしまいます。
反対に、目的地へ早く着くことを優先しすぎれば、歩行者に不安を与えます。
必要なのは、危険な場面では確実に止まり、安全を確認できる場面では円滑に進むことです。
安全と実用性のどちらか一方を選ぶのではなく、両方を成り立たせる。このバランスを現実の環境で探ることに、走行実証実験の大きな意味があります。

人に伝わる動きが、ロボットへの安心をつくる
狭い道で人同士がすれ違うとき、私たちは相手の動きを見ながら、少し横へよけたり、立ち止まって道を譲ったりします。
ところが、相手がロボットになると話は変わります。
「ロボットが止まるだろう」と考えてそのまま進む人もいれば、どう動くのか分からず、自分から道を譲る人もいます。
Hondaは、動く速さや動き始めるタイミング、LED表示などを組み合わせ、ロボットの意図が人に伝わる動きを考える必要があると説明しています。
ロボット自身が安全だと判断していても、近くにいる人が「次にどう動くか分からない」と感じれば、安心して同じ場所を歩けません。
人に迷わせない。驚かせない。行動を予測できるようにする。
社会で暮らすロボットには、賢さだけでなく、分かりやすさも必要です。
社会へ普及するには、共通の振る舞いが必要になる
Hondaの実証実験では、発進するときや右左折するときに、ロボットが周囲へどのような合図を出すべきかという課題も見えてきました。
メーカーによって合図や動き方がまったく異なれば、人はロボットに出会うたびに意味を考えなければなりません。
自動車の方向指示器や信号機のように、誰が見ても意味を理解できる共通のルールが必要です。
Hondaは、実証実験で得た結果を共有し、自動配送ロボットの社会実装に向けた統一ルールづくりへ貢献したいとしています。
優れたロボットを一台完成させるだけでは、人とロボットが共存する社会にはなりません。
人間側もロボットの動きを理解できる仕組みを、社会全体で育てていく必要があります。
街で学んだ共存技術は、将来の家庭へつながる
ここからは、Hondaがこの自動配送ロボットの家庭利用を発表したという話ではありません。
街で磨かれる共存技術が、将来どのように家庭や介護へつながり得るかという、章のテクラシアとしての考察です。
家庭の中にも、ロボットにとって難しい場面が数多くあります。
椅子が動き、床に物が置かれ、人が急に立ち上がる。高齢者が歩行器や車椅子を使っている家庭では、わずかな接触でも転倒につながる可能性があります。
生活支援ロボットには、次のような力が必要になるでしょう。
- 人や家具の位置を把握する
- 相手の動きを予測する
- 危険があれば停止する
- 必要以上に止まらず、役割を果たす
- 次に何をするのか、光や音、動きで伝える
- 人によって異なる歩く速さや生活習慣に合わせる
これらは、街を走る自動配送ロボットが向き合っている課題とよく似ています。
街で人や自転車との距離を学び、分かりやすい合図を考える。その積み重ねは、いつか家庭で食事や日用品を運び、離れて暮らす家族に異変を知らせるロボットにも生かせるはずです。

介護分野におけるロボットの現在地については、次の記事でも紹介しています。
介護ロボットはここまで進んでいる|家族介護の経験から考える「できること」と未来
ASIMOから続く「人とともにあるロボット研究」
Hondaは2000年にASIMOを発表して以来、人のそばで行動するロボットの研究を続けてきました。
自動配送ロボットは、ASIMOと同じ姿をしているわけではありません。しかし、人を理解し、人と同じ空間で安全に動くという研究の根には、共通するものがあります。
以前紹介したHondaの多指ロボットハンドも、その流れにある技術です。
物を見つける。近づく。安全な力で触れる。持ち上げる。そして人に渡す。
目、足、手がそれぞれ進化し、ひとつにつながったとき、ロボットは工場の決められた場所だけでなく、街や家庭で人を支えられる存在へ近づいていきます。
ホンダの多指ロボットハンドとは?針に糸を通す指先とASIMOから続く技術
自動配送ロボットが運ぶのは、荷物だけではない
Hondaの自動配送ロボットが実証実験で運んだのは商品です。
しかし、この取り組みが未来へ運ぼうとしているものは、それだけではありません。
ロボットが人の中でどう振る舞えば安心して受け入れてもらえるのか。どのように動けば意図が伝わり、道を共有できるのか。
その答えを一つずつ積み重ねることが、人とロボットが自然に暮らす社会への道になります。
ある日、街で荷物を運んでいたロボットの技術が、家庭で高齢者を見守り、必要な物を静かに届けてくれる。
そんな未来は、空想だけの話ではありません。
ただし、本当に必要なのは高性能であることだけではなく、人が安心してそばにいられることです。
ロボットの進化を測る基準は、どれだけ速く動けるかではなく、どれだけ人に合わせて動けるかへ変わっていくのかもしれません。
よくある質問
Hondaの自動配送ロボットは現在購入できますか?
今回参照したHonda公式ページと公式動画は、2021年に行われた走行実証実験について説明したものです。この資料だけでは、一般向けの販売や現在の配送サービス開始は確認できません。
実証機にはLiDARやカメラが搭載されていますか?
Honda公式ページでは、必要なセンシング範囲や対象について仮説を立てて検証したことが説明されています。ただし、このページには搭載センサーの詳しい構成や機種名までは記載されていません。そのため、特定のセンサーを搭載しているとは断定しません。
この自動配送ロボットが家庭に入る予定はありますか?
Hondaが、この実証機を家庭用ロボットとして展開すると発表したわけではありません。
この記事の「家庭へ」という部分は、人との距離、安全な停止、分かりやすい意思表示など、街で培われる共存技術が将来の家庭用・介護用ロボットにも応用できる可能性を考察したものです。